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ボイジャーズデザイン・ブログ 〜Travels & Trials〜 ボイジャーズデザイン : フジイとソノによるユニット。旅の話や仕事の近況、伝えます。
(旅行記事には記憶違いや個人的な印象もあるかと思います。御自分で再度ご確認ください)

    ムンバイの記憶2

しばらくは行くことをためらわれる都市になってしまったムンバイ。
どうしてあんな大都会が僕を引きつけたのかわからないが、
事件が鎮静化され、テロ行為のまとめみたいなニュース番組を見ると、
去年のわずか7日間に歩いた海沿いの道や、ホテル裏の路地が登場し、なんともいたたまれない気持ちになる。
インドに惚れて取りつかれる人は多いかもしれないが、その中でももっとも都会であるムンバイに魅かれた、って人の話はあまり聞かない。
ちなみに僕は、博多とバンコクとムンバイとナポリが住みたい街、です。






* Voyagers design * ムンバイ * 14:49 * comments(0) *

    ムンバイの記憶

昨年、2度目のインド旅行で初めて訪れたそれが最後なのだが、ムンバイはとても印象に残な街のひとつだ。

インドでありながら、みんながイメージするインドではない、
でも居心地が良くて、6泊もしてしまった。
普通ここを拠点として向かうエローラやアジャンタの遺跡を見ることもなく。(なにしろ僕は都会が好きなので)

しかし、僕らのように金持ちでもないし、商用でもない、そんな日本人の大人が旅するにはちょうどいいホテルが少ない街。

空港近くのビジネス客用の5ツ星か、アラビア海沿いの高級ホテル。
それに続くのは、グッと下がって1万5千円くらいで、しかし日本人には信じられないくらいにレベルがひどいホテル。
そしてあとはガツンと下がってバックパッカー用のホテル。

そんなムンバイに訪れたのは、アラビア海特有のモンスーンの季節に入る直前だった。暑い。
でも、 (夜には大きなカーブに街灯が均等に灯される様子から) 『女王の首飾り』 と呼ばれる海沿いの道路を歩くと、朝も昼も夕暮れも気持ちがいい。防波堤にもたれて、初めてのアラビア海をしばらく見ていたものだ。

その女王の首飾りを南へ下ってゆくと、カーブの最後のあたりにそびえるのが今回襲撃の一つがあったトライデントホテルだ。

今回の野蛮で卑劣な事件は、昨年のムンバイの印象深い記憶も加わって、とても怒りを覚えるし、被害に遭われた方々のことがつらく思われる。

正面のグリーンのライトアップがエアインディアで、その隣がトライデント、その奥にオベロイがあるはず、クイーンズネックレスにて。


トライデントホテルの建物はもともと、同じく襲撃のあった隣のオベロイホテルの別館だったようで、後にヒルトンタワーズとなり、今年提携を解消してトライデントと名前を変えたらしい。そのせいか、ニュースではオベロイ・ヒルトン・トライデントが最初ごっちゃになっていた。いずれにしても欧米人、そして日本人ビジネスマンの多いホテル。

外国人客と言えば、タージマハルホテル
もともとは財を成したインド人のタタ家の人物が、どんなに金を持っていても 白人用ホテル に入れなかったことから、自分用に建てた、とどこかで読んだことがある。インド門近くの海を目の前にした一等地のホテル。

エレファンタ島行きの船から見たタージ旧館と新館
(テロリスト達もこの風景を見ながら船で上陸したのか)
昨年はドームを修復していたが、今回鮮やかな色のその根元からは火が噴きだしていた。



僕らは昨年ここに朝食を食べに行った。到着した夜にチェックインしたホテルが、プリンスホテルくらいの値段の割りには、日本人が想像できるホテル以上にひどいことに朝から腹を立て、次のホテルに変えるべくタージに朝食を食べに行ったのであった。(結局その後チェックインしたのは、タージより安い、日本風に言えばこじんまりしたブティックホテルだったのだが)

朝食を取れるレストランの場所をコンシェルジュに聞いたのは、天井が意外にも低く薄暗いフロントロビーで、今回の襲撃の一つがあった場所か。

宿泊客以外は入れないはずのパティオにて


朝食のビュッフェは落ち着いた面持ちとスマートな接客で、インドに着いた翌朝であることを忘れてしまう。
今回わざわざ狙われた最上階の会員用クラブなんて、奴等にすればまさに 『標的とすべき』 場所だったのだろうか。(ビュッフェを出るとレセプションは中国人団体で溢れて、マカオ行きのフェリーの乗り場みたいだったが)

現在いずれのホテルも、サイトのトップページには、事件におけるホテルの現況と、宿泊客への連絡方法を記している。

さて外人客多しと言えば、襲撃されたレオポルドカフェもその一つ。
でも僕にはこれがちょっとわからない。確かに外人客は多いのだけど、ここに多いのは欧米人とは言え、オベロイやタージに泊まる層とは全く違うはずなのだが。
富裕層やビジネスマンでなくとも、欧米人であれば標的とみなされたところが恐ろしいし徹底している印象。

欧米人とインドの若者で混んでいた


このカフェと名のついた食堂に入って思い出したのは、バンコク・カオサン通りにあるバックパッカー用の 『なんでもケチャップ味』 みたいな店で、客層も似ているように思えた。
レオポルドカフェ以外のムンバイの食事は皆おいしかった、そんな記憶の場所。サイトはイカシてるけど、事件への対応は一切なし。

レオポルドカフェの妙な中華


たった一度の滞在だから街のしくみは本当にはわからないけれど、旅行者にも見て取れたムンバイの印象で思う今回の事件。

10年ほど前、エジプトではルクソールのテロの後、観光客が激減してしまい、いろいろな番組でエジプト観光局?タイアップのエジプトモノが増えたときがあったが、
ムンバイと言う街は、ビジネスの街。否でも応でもそこに行かなければならない人はたくさんいるだろうし、本人はもちろん家族の心配は当分続くだろう。

ところで、日本のKYな首相が
『明らかなテロだから断固戦わないといけない』 と言ってたけれど、あの人がいったい何にどうやって戦うんだろう。
* Voyagers design * ムンバイ * 19:21 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月30日 ムンバイ

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オーストリア航空、ローマ行きのフライトは夜中の1時近くだった。
だからグランドホテルをその晩まで取り、とくにあわてることもなくムンバイ最後の一日を過ごした。

タクシーでハジ・アリ廟まで出かけてみる。海岸から細い桟橋がカーブを描いて突き出て、満ち潮になればたどり着くのにびしょぬれになりそうだ。いいたとえにするなら、モンサンミッシェルだろうか。

桟橋にはたくさんの物乞いがいる。どこにカメラを向けても入ってしまう。わざわざそういう方を写真に撮る意味は僕にはないのだが、これはこれでインド社会の商売の一つなのだな、と思ったりもして、寺院にたどり着く400mくらいはなかなか日本では触れることの無い距離となった。写真は寺院側から海岸を見て。寺院そのものには僕らは入れない。

この桟橋に出る道路を戻るとヒンズーの寺院へ。
僕にはこちらの方が落ち着くのは、香を焚いてるせいだろうか。たくさんのお参りの人々に混ざって参拝させてもらった。外人や異教徒は入れないことが多いのだが、ここは入れてくれた。出るときには手のひらに、砂糖菓子をくれた。

寺の中の小屋でこの先の旅の安全を願い腕に紐を巻いてもらった。この紐が何のためのものであるかは、実は知らないのだけど、男も女も子供も巻いてもらっていたものだから、勝手にお守りと解釈して、まあそれでいいのだ。↓ 下にしゃがむ人たちは、寺に入る前に脱いだ靴の預かり屋さん。

寺を出ると、前の幹線道路のように広い道でタクシーを拾い、ジェフービーチまで行く。
ここは新しい外資系ホテルができ始めていて、ムンバイのプチリゾート、と言った様子。
日本のガイドブックにはまだ小さな扱いでしか出てはいない。工業機器の展示会をやっていたマリオットでケーキを食べて、ビーチに出る。楽しげな家族がたくさん。浜辺はどこもいいな。

昼過ぎにはフォート地区に戻り、先日まで泊まったゴードンハウスの一階で昼食。

ここのアジア系レストランはお気に入り。ワゴンにいろいろ並べられた野菜、肉、魚介、そして好きな麺、炊かれた米をボールに好きなだけ取り、カウンターで好きな味付けを選ぶと、目の前で強い火力で調理してくれる。楽しい食べ放題。コリアン系、中華系、などなど何種類もの味付けがわかりやすく表示されている。こんなの日本にもあればいいのに。

今その店の名前を検索したらぐるなび海外版に出ておりました。凄いね、日本の情報網。

何もすることがなくなり、買うものなんてそもそもないし、ホテルに戻りごろごろするのであった。
昼飯が遅かったせいか、お腹もすかず、空港で何か軽く食べることにした。

22時にタクシーをホテルで予約してそろそろサヨナラ・ムンバイな気分になる、いや頭はもうローマ。

* Voyagers design * ムンバイ * 21:25 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月29日 ムンバイ

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暑い土地で共通していると思うことがある。それは夜の風景。日が暮れて涼しくなると、人がワサワサと繰り出してくる。もっともインドは昼間も人は多いのだが、夜遅くまで子供が店先で遊んでいたりするのは、香港やバンコク、リオ、そして沖縄も同じ印象だ。

昼間は、イスラム教徒の買い物客が多いショッピングモールに行った。
タクシーに乗って行ったのだがうっかり、小銭がなかった。タクシーの運転手に高額の紙幣は申し訳ない、というか、向こうもただ困った顔をした。

財布に入っていた、千円札を見せた。当然その額よりはるかに安い運賃だったのだが、高額紙幣で釣りは要らない、と言うより安かったし、両替をしてくるから、というのも通じなさそうだった。
運転手は1000という数字を見て、OKOK!と言ってくれた。

ショッピングモールは買うものがない。インド的な商品もないし、ブランドとしては得体の知れないものばかりだし、それを承知だとしても魅力のあるものはなかった。

下着を真剣に選ぶ女性たちや、子供におもちゃを買い与えるオヤジを見ると、ここがどこなのか不明になる。ドバイのショッピングモールで見るようなものすごい金持ち、って風情でもないし、でも街のマーケットにいる人々とも違う。結局僕らはCDで小額紙幣をおろし、最上階のフードコートでランチを食べた。

さて5泊目の夜ともなれば、フォートあたりは自在に歩くことができる。
レストランも膨大にあるので食事に飽きることもない。中国系のオジサンたちがインド顔のオーナーらしきオヤジに使われているレストランで中華料理を食べた。金陵酒家という横浜の中華街の庶民的な古い店みたいな感じ。

日本人商社マンらしき夫婦たちが日本から誰かを迎えているような会食をしていた。ここで生活する主婦はたいへんだろうな、いやいや家政婦もベビーシッターもいる生活なのかな。

ぶらぶらと街を歩く人々にまぎれると気温の下がったムンバイの街を感じることができる。
もうしばらくすれば降り続く雨の季節になるという。

明日は夜の便でローマへ。

* Voyagers design * ムンバイ * 21:12 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月28日 ムンバイ

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ゴードンハウスの滞在は快適だった。ちょっと出歩いては戻って休憩して、という具合に、暑いムンバイを疲れることなく過ごした。

僕らは都市ムンバイを楽しんだ。
リコンファームは要らないと知ってはいても、一応ここはインドだってことで、このあとローマに向かうオーストリア航空を探してみたり。オーストリア航空が入る古くて大きなビジネスビルは他にもいくつかの航空会社が入り、ビルの受付やエレベーターボーイに間違ったことばかり言われて、小さなオフィスにたどり着くまで随分上り下りしたけれども、そんなことが案外ムンバイにいる気にさせて楽しかった。こういうことに時間を費やすのもけっこう好きだ。

ムンバイに来たからにはアウランガバードまで行き、そこからアジャンタかエローラの遺跡を見るのが普通だ。しかしなんだかこのインドの都会が楽しくて、結局30日の晩のローマ行きのフライトまでムンバイにいることになった。

27日の午後に危なっかしい船でエレファンタ島に行き、石窟を見てしまうと、暑い中違う土地へ遺跡を見に行く、という行動が億劫になってしまった、というのもある。



ちなみにムンバイ、観光客がうろつくようなエリアは広々としていて、道幅も広く、暑いけれども開放的な街だ。インドのイメージ写真によくある雑踏、というインドらしい?牛もリキシャも人もタタ製のタクシーもぐしゃぐしゃに、という雰囲気は観光客がうろつく場所にはない。牛はときどきいるけれど。

わずかな滞在だが、ふらっとホテルを出ては、博物館に行き、また戻り、ランチを取り、昼寝をして、また絵葉書でも買いに行く。だから行き当たりばったりに小さな現代美術館に入ってみたりもした。正直、全くおもしろくない展示物だったけれど、それもまたあり。
上の写真は、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナスから少し歩いたところの中央郵便局。僕ら外人がはがきを出したいと言うと、親切にか、そちらの方が高いのか、記念切手や絵葉書、ちょっとしたみやげ物があるコーナーを指差され、たしかにきれいな切手や絵葉書を買うことができた。

この郵便局の窓口の人や、みやげ物コーナーの人たちは、商売っ気とは別の、普通の親切な物腰だった。公務員だからか、がめつくみやげ物を売らねば生きていけないわけではないからだろうか。とにかく窓口のおばちゃんも、はがきをいろいろ見せてくれたおじちゃんも、やさしい対応だった。この感じはインドで初めて。

さて、フラッと出かけたプリンス・オブ・ウェールズ博物館も、けっこういい。

インドでよくある外人値段での入場だが、日本語のイヤホンガイドがついて、珍しく説明なんてまじめに聞いてしまった。何を聞いたかすっかり忘れたが、ホコリをかぶってガタガタな内部は、ムンバイの家族連れや小学生の団体がいて、そんな人たちを見ることができて楽しかった。

これぞイギリス式庭園、って感じの前庭。すべてがボロボロなのだけど、一面の植物でほっとする場所。内部はさえない蛍光灯のせいで、絵画も遺跡からの像も宝石も、ほんと台無しなんだけどね。
28日の晩もゴードンハウスに泊まり、その後は日本からの予約どおりGRAND HOTELに。


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* Voyagers design * ムンバイ * 21:00 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月27日 ムンバイ

ボンベイとはイギリス統治時代の名前かと思っていたら、それ自体はポルトガル人が16世紀にここに港を築き、ポルトガル語のボン・バイア(良港)に由来して名づけたかららしい。現地語ムンバイに似ていてちょうどよかったから、とも言われているようだが、ムンバイという名称に戻ったのは1995年のことだそうだ。

同じように統治時代のいろいろな名称がインド系の言語の名称に戻されている。ヴィクトリア・ターミナスと呼ばれたこの巨大な駅もチャトラパティ・シヴァージー・ターミナスと変わり、世界遺産となった。

26日の午前中、タージで朝食を食べ、少し歩いたところにあるゴードンハウスホテルのこぎれいなフロントで、きちんとした身なりの男に、ルームチャージと今晩の空きを聞いた。

飛び込みの僕らに、ツインは3階の部屋しか空いてなくて、夜は階下のクラブがうるさいけどいいか、という。だからこちらも、その分ディスカウントはないのか、と聞くと彼は最初言った額より50ドルまけた。

ホントの値段なんて存在しないと言われるホテルチャージだが、やけに早い対応。
部屋を見せてもらい(このランクのホテルで部屋を確認するというのもなんだが)こちらもあっさり承諾した。朝食付きで一泊240ドルくらいだった。ムンバイの物価はどんどん上がってるようだが、ガイドブックに表示された値段と変わりはなかったのでOKということになったのだった。

僕たちはシャトーウィンザーホテルをチェックアウトすると、その前でタクシーを拾い、インド門近くのゴードンハウスホテルに向かった。

荷物を持ってホテルからホテルへ向かうものだから、運転手はしきりに今のホテルは高かったのか、いくらか、と聞く。それで今度のそのホテルは安いのか、とも聞いた。いくらだ、いくらのホテルがいいんだ、とどこかに案内したした気でもあった。
安い=そちらを選ぶ、という図式が成り立ちそうで、インド人運転手とのこの会話は面倒が予想された。だから言葉がわからない振りをした。

ゴードンハウスホテルは、今度はちゃんとトイレットペーパーもあるきれいなバスルームと、もちろん清潔でちょっとかわいすぎる内装の部屋だった。

荷物を置くと、僕らが最初に向かったのはそのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス。写真は午前中、ラッシュアワーは過ぎているが、やはり大きなターミナルだけに人が多い。

威厳のある建物ではあるが、外装のディテールの保存状態はけしていいものではない気がした。落書きや汚れや補修が必要な部分が目立つ。けして、わぁ素晴らしい、というものではなかった。

さて26日の晩の階下のクラブの大騒ぎぶりは確かに凄かったが、とくに気になることもなく、というか前の晩腹が立ってよく眠れなかったので、気持ちよく眠ることができた。

なんといいましょう、ファンシーな部屋だった。
27日朝は最上階にあるイスラム風ダイニングルームのビュッフェ。ビジネスマンが一人で朝食をとっている。内装から考えれば、僕らも彼も似合わないホテルだった。
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* Voyagers design * ムンバイ * 20:39 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月26日 ムンバイ

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25日の夜、9時半頃にムンバイに着いた。
日本からタイ航空に乗ると、僕の記憶ではいつも親切で明るく、イメージの高い航空会社なのだが、バンコクからムンバイへのタイ航空はだいぶ違った。東へ、いやインドへ向かうと言うだけでこんなに変わるものだろうか、というくらいだ。
つまり、、、まずい、悪い、汚い、古い。食事、サービス、トイレ、機体、です。

今回は、すべてスターアライアンスでのビジネスクラスの世界一周チケットなのだが、ムンバイ行きの機内は、ビジネスとは言え、僕の知ってるタイ航空とは思えなかった。
インドは初めてではないけれど、前回は日本からJALでの直行便だった。今回アジアの都市からインドへは初めてで、それは噂どおり、機内からすでにインドなのだった。タイ航空だしビジネスだし、世界最悪と言われるアフガニスタン航空に乗ったわけではないのだが、確かに機内はインドなのだった。

ムンバイの空港は、消毒液と漂白剤の臭いが充満し気持ちが悪くなるほどだ。イミグレーションまでの通路は工事中なのがむき出しで、(その必要はないが)うまいことすればその中を通り入国できそうだった。

空港からは迎えの車を頼んであったので、すんなりホテルへ。こういうことは若い頃は考えもつかなかったが、夜の到着にはやはり便利だ。

ムンバイは物価が高いとは聞いていた。世界一周で30泊くらいするわけだから、すべていいホテルというわけにも行かず、ムンバイはガイドの中でほどほどの値段のシャトーウィンザーっていうところに予約した。インドだからこれくらいならOKだろうと。
1.5万円くらいのルームチャージ。500円とか2000円とか、学生がインドに触れる旅での宿の値段ではないのですよ。

部屋に入ったとたんに、ネットやガイドで見ていた疑問が解けたのであった。

ムンバイのホテルガイドには3から4万円以上か、とても安すぎる部屋しか出てこない。その中で、比較的日本のビジネスホテル程度の値段のところの一つがこのシャトーウィンザーホテルだった。日本人も利用は多いようだった。

ムンバイという急激に進化してしまった商業都市には中間と言うものがないのかもしれない。そして数少ない中間を選んではろくなことにならないのかもしれない。
格差社会は完璧な上と下に分かれてるわけで、日本人にとって手頃な値段では、運がよければよいか、運悪ければひどいか、のどちらかになるのであろう、とその旅の一泊目から悲しくなる部屋で悟ったのである。

それにしても日本のポピュラーな観光ガイドではこのホテルは、「親切」とか「従業員のマナーがいい」と投稿されていたけど、たしかに部屋のことには触れていなかったが、従業員なんてフロントでべらべらおしゃべりしてる、客の到着にも気づかない、パスポートを返すのも忘れる、そんなホテルだ。

だれかが言っていた、インドはちょっとの値段の違いでものすごくちがうことになる、と。そのホテルには Standard Room→Superior Room→Deluxe Room とあった。松竹梅のうな重で竹をほとんどの人が注文するように、Superior Room を予約したのが間違えだった。夜中のインドであっけに取られたのか、Deluxe を見せてもらい、変えてもらうことも思いつかなかった。

うーん、写真で見ると、言うほどひどくない?でもトイレットペーパーがない。
いやいや、これよりもっと汚いバスルームは、タイの島とかのコテージや安ホテルで慣れてるんで、
でも僕らにはインドでこれが1.5万円のホテルとは思えなかっただけのことなんです。

翌26日、憧れの?タージホテルで意地のように一人4000円の朝食を食べた。僕らはあのホテルをどうするか考えた。そして近辺を歩き探し当てたちょっとスノッブなニオイのあるホテル、GORDON HOUSE HOTEL という観光局的には5ツ星のレセプションに入っていった。


* Voyagers design * ムンバイ * 23:34 * comments(0) *

    一年が経ち、、、 世界一周・再録 4月25日 バンコク・スワンナプーム

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会社を辞め、世界一周旅行に出たのはちょうど一年前。
34日間の旅なんて、会社を辞めない限りできない日本のサラリーマン。(まあ辞めたのだから、もっとしようと思えばできるのだが、そこはいろいろあるもんで)


さて帰国一年記念(大袈裟?)、公開してなかった写真と共に再びスターアライアンスによる世界一周をリプライズ。

4月25日成田を発ち、最初の空港はバンコク・スワンナプーム。このときまだ完成して一年くらいだったと思う。おそらく香港やシンガポールに負けないハブ空港を意識した巨大な空港。
ドイツ系アメリカ人の建築家ヘルムート・ヤーンによる設計は、素敵なガラス張り。
ヘルムート・ヤーンはバンコクを下見せずに高額なギャラで設計したんじゃないかと思う。
天井からはバンコクの強い熱が降り注ぐ。

それは王宮のあたりのさえぎるものが無い場所で強烈な日差しにあたってるのと同じなのだ。こんなに暑い空港は初めてだ。こんなに広い空港も久しぶり。

つまり、空調がほとんど効いていないのか、日差しのせいで効かないのか、広すぎて行き渡らないのか。ひでー空港だ。

ハブとしての裏目、または暑過ぎるからか、いたるところに人が薄汚く横たわっている。ドバイを思い出した。
ここはトランジットのみで次はタイ航空でムンバイへ。日程どおり写真と共に振り返ります。


* Voyagers design * ムンバイ * 23:21 * comments(0) *
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